姫路城
現存する城郭建築の最高傑作といわれる姫路城。
この城は、播磨平野の中央、標高45mの小高い姫山の丘陵に建てられた平山城の典型で、天守をはじめ、城郭の主要部が完存している貴重な遺構です。
5層7階の華麗な大天守と、東、西、乾(北西)の3つの小天主は櫓で結ばれ、幾重にも連なる千鳥破風や唐破風の屋根と、白漆喰総塗籠に仕上げられた城壁が、鮮やかな構成美をもたらしています。
その姿は舞い立つ白鷺にたとえられ、「白鷺城」の異名があります。
端麗な容姿と同時に、堅牢な要塞としての機能性にも優れた名城です。
播磨の守護、赤松則村が陣を構えた土地に、その子貞範が1346年頃に出城を築いたのが起源。
現在の姫路城は、1580年に羽柴(豊臣)秀吉が毛利氏との戦いの拠点として、3層の天守閣を築いたのが始まりです。
関が原の戦い以後は、池田輝政が本格的な改修工事を開始。
9年の歳月を要して完成させ、以後多くの大名が城主を務めました。
明治期には廃城令を免れ、第二次世界大戦末期の大空襲にも奇跡的にほぼ無傷で残りました。
しかし、長い年月の間に建物の傷みが進んだため、1956年(昭和31)から「昭和の大修理」とよばれる解体修理工事が行われ、8年後に近世の城郭の名城がよみがえりました。
